株式会社TBSアクト(東京・赤坂)は、TBSホールディングス傘下の総合プロダクションです。2021年、TBSグループの12の会社が合併して設立された同社は、赤坂のTBS放送センター周辺、緑山スタジオ及び都内各所に複数の拠点を擁し、テレビ番組の技術・美術・CG制作業務を一元的に手がけています。
「近年、配信プラットフォームの台頭などもあり、テレビを取り巻く環境は急速に変化しています。そんな時代の変化に対応するべく、TBSグループの技術、美術、CG制作関連の会社が一つにまとまり、新たに発足したのがTBSアクトになります。手がけている業務は、テレビ番組を中心に、イベント、配信、映画など多岐にわたります。ちなみに社名の“ACT”には、“Art, Communication&Technology”という意味が込められています」(株式会社TBSアクト ポスプロ本部 MA部部長 小田嶋洋氏)
株式会社TBSアクト ポスプロ本部 MA部部長 小田嶋洋氏
「在京キー局傘下の技術・美術プロダクションは他にも多数ありますが、弊社くらいの規模で一体になったケースは初めてなのではないかと思います。コンテンツ制作に関わるすべての作業を1社で完結できるという点は、私どもの大きな強みであると自負しています」(株式会社TBSアクト ポスプロ本部 メディアコネクト部 山下諒氏)
株式会社TBSアクト ポスプロ本部 メディアコネクト部 山下諒氏
そんなTBSアクトは今年2月、ポストプロダクション部門の拠点のひとつである赤坂パークビルにMAスタジオ室を2部屋新設。新しいMAスタジオ室『MA-4』『MA-5』は、どちらも7.1.4chのイマーシブ・オーディオ/Dolby® Atmos Homeでの作業に対応し、これからの10年を見据えた設備となっています。小田嶋氏によれば、『MA-4』はTBSアクトの新しいフラッグシップとなるMAスタジオとのことです。
「現在MA部が手がけているコンテンツはテレビ番組が中心ですが、今後は配信プラットフォームへの関わりを強化していきたいと考えているんです。TBSでは既に、テレビ・ドラマやバラエティ番組など、保有するIPコンテンツの配信を開始しており、それらをさら強化していくというのがグループの方針としてあります。今後配信プラットフォームへの関わりを強化していくために、サウンド面で何に取り組んでいかなければならないかと言うと、やはりイマーシブ・オーディオだろうと。実際、配信プラットフォーム側からの要請も強いですしね。ですので、イマーシブ・オーディオへの対応というのが今回の大きなコンセプトで、ゼロからスタジオを造るのであれば、TBSアクトの新しいフラッグシップとなるMAスタジオを造ろうと考えたんです。これから新しいことに取り組んでいくにあたって、ひとつ土台となるようなスタジオを造ろうと」(小田嶋氏)
小田嶋氏は、Dolby Atmosをはじめとする昨今のイマーシブ・オーディオに、これまでの音響フォーマットとは違う大きな可能性を感じていると語ります。
「私は既に現場を離れているのですが、エンジニア時代に5.1chサラウンドが盛り上がった時期があったんです。臨場感があって、新しい音響体験として凄く可能性を感じていたのですが、残念ながら一般家庭には十分に普及しませんでした。しかし今回のイマーシブ・オーディオは、スピーカーだけでなく通常のヘッドフォンでも楽しむことができる。これは従来のサラウンドとの大きな違いだと思っています。さすがにDolby Atmosの映画を電車の中で視聴する人は少ないと思いますが、音楽に関しては多くの人たちがスマートフォンを使って、空間オーディオを普通に楽しんでいたりします。実際にイマーシブ・ミックスされた楽曲をヘッドフォンで聴いてみると、従来のステレオ・ミックスとは音の分離感が全然違って、アーティストの歌声が際立って聴こえますし、今後のイマーシブ・オーディオには大きな可能性を感じていますね」(小田嶋氏)
新設されたMA室『MA-4』
新しいMAスタジオの音響設計・施工を担当したのは、日本音響エンジニアリングの崎山安洋氏、宮崎雄一氏、重冨千佳子氏の3氏。TBSアクト ポスプロ本部 MA部の真嶋祐司氏は、「音の定位がしっかり分かるスタジオにしてほしいとリクエストした」と語ります。
「リニューアルではなく、完全にゼロから造るスタジオでしたので、音響的なストレスをできるだけ無くしたいと思いました。スピーカーから出力された音が、モニター・ディスプレイや家具などに遮られることなく、しっかり耳に届く空間を目指しました。スタジオ数やレイアウトに関しては、日本音響エンジニアリングさんに相談した時点では、実は真っさらな状態だったんです。スペース的に、同規模なスタジオが2部屋くらいかなと考えていたのですが、それだとどちらも中途半端なスタジオになってしまうということで、フラッグシップとなる大きな『MA-4』と、コンパクトな『MA-5』という大小2部屋の構成に落ち着きました」(真嶋氏)
株式会社TBSアクト ポスプロ本部 MA部 真嶋祐司氏
「『MA-4』は十分な広さを確保でき、水平面のスピーカーはすべて等距離に設置することができました。これはイマーシブ・スタジオとしてのひとつの強みになるのではないかと思います。内装に関しては、映像をプレビューする際に作業の妨げにならないよう、正面や天井は黒仕上げとしました。側壁から後壁にかけて、他の部屋との統一感を持たせながらも圧迫感のない落ち着いた空間となるよう配色を工夫しアクセント色も取り入れています。また、天井裏には空調・換気設備のダクト等を設置する必要があるため、TBSアクトさんや建物管理会社と打ち合わせを重ね、ダクトのルートを細かく検討しながら、スピーカーレイアウトや天井高さを決定しました」(日本音響エンジニアリング 重冨氏)
「天井は黒いので、パッと見は分からないのですが、よく見ると歪な形になっているんです。これは中にダクトとかが通っているからで、できるだけ高さを確保できるように工夫しました。もちろん、歪な形状が音響的な影響を与えないように、細かく吸音処理を施しています。フロントのスピーカーに関しては、低域がしっかり出るように、木の角材とコンクリートを組み合わせた重い台に載せています。少し前屈みになっているのは、スウィート・スポットを狙って音響軸を合わせているからですね。TBSアクトさん初のDolby Atmos対応のスタジオということで、音響的なリファレンスとなるスタジオを目指し、各スピーカーはレギュレーションに沿って設置してあります」(日本音響エンジニアリング 宮崎氏)
「低域をしっかり出すためには、重さがあって剛性のあるスピーカー台を使い、高い精度で位置を揃えないと、位相関係が崩れてしまいます。特にファンタム・センターの音楽ものなどは、精度が悪いとボーカルの前後関係が見えにくいですし、輪郭が出てこない。もちろん、建築音響的な調整では補正できない部分も出てくるので、電気的な調整も行うわけですが、あくまでも基本をしっかりさせた上での微調整だと思っています」(日本音響エンジニアリング 崎山氏)
7.1.4chのスピーカー・システムが導入された『MA-4』。スピーカーはGenelec製
新しいMAスタジオでの作業の中心となるのは、もちろんPro Toolsです。『MA-4』には24フェーダー/5ノブ仕様のAvid S6が導入され、Pro Toolsはカード2枚のPro Tools | HDXシステムが2式と、Pro Tools | MTRX IIのThunderbolt™ 3オプションに接続されたネイティブ・システムが1式、合計3式という構成。Avid S6の後方のデスクには、音響効果用に2台のAvid S1も用意されています。一方の『MA-5』には、Avid Dockと2台のAvid S1が常設され、Pro Toolsはカード2枚のPro Tools | HDXシステムが1式という構成。どちらの部屋も、1台のPro Tools | MTRX II がオーディオ入出力を担います。
「『MA-4』での作業は、ドラマコンテンツのMAがメインになるので、台詞用、音響効果用、選曲用と3式のPro Toolsを用意しています。Avid S6に関しては、他の部屋でも設備しており、使用感を熟知していますので、選定に悩むことはありませんでした。当たり前ですがPro Toolsとの親和性が高く、抜群に使いやすい卓だなと思っています。スタッフの中にはフェーダー・モジュールしか使用しないという人もいるのですが、やはりノブとディスプレイがあると作業効率が違ってきます。特にディスプレイ・モジュールはピークを常に監視できるのが便利で、スタッフの中にはEQのオートメーションを表示させて、音の変化を視覚的に確認している人もいます。フェーダー数に関しては、他の部屋で使用しているのAvid S6の多くが24フェーダー構成なので、使用感を揃える意味で今回も同じ構成にしました」(真嶋氏)
『MA-4』に導入された24フェーダーのAvid S6
『MA-4』のAvid S6は、日本音響エンジニアリングが製作したオリジナル・デスクに収納。サーフェス面がフラットで、オートメーション・モジュールとディスプレイ・モジュールの手前にブランク・スペースが設けられているのが特徴です。
「卓に角度が付いていると、マウスやボールペンが滑ってしまうので、フラットなデスクを日本音響エンジニアリングさんに製作していただきました。サーフェス面をフラットにすることで、モニター・ディスプレイの設置の自由度も上がりますし、スピーカーの音を遮らないというメリットもあります。オートメーション・モジュールを奥に配置したのは、キーボードやマウスを置ける作業スペースが欲しかったからで、ディスプレイ・モジュールの手前を空けたのは、小型モニターなどを置ける空間を確保しておきたかったからです。この“余白”によって、左側のモニター・ディスプレイをMTMの手前に引き出すことも可能になりましたし、凄く使い勝手が良くなりました」(真嶋氏)
モニター・コントローラーはタックシステム VMC-102 IPで、真嶋氏によればTBSアクトのMAスタジオでは標準的に使われているとのこと。また、IPベースのKVMシステムであるADDER XD-IPも導入され、スタジオ内のどの場所からでもすべてのコンピューターを操作できる環境が構築されています。
「VMC-102 IPは、2ch/サラウンド/Dolby Atmosの視聴をワン・タッチで切り替えられ、とても操作性が良いですね。目立たせたいボタンを大きく表示できるなど、レイアウトの自由度が高いところも気に入っています」(真嶋)
「VMC-102 IPに関しては、Pro Tools | MTRX IIの登場によって、さらにその真価が発揮できるようになったのではないかと思います。VMC-102 IPからダイレクトにルーティングを切り替えることができますし、Pro Tools | MTRX IIとのコンビネーションは凄く使い勝手が良いですね。それと今回、『MA-4』と『MA-5』でDolby AtmosレンダラーのHT-RMUを共有しているのですが、Dante接続ですので、どちらか一方がマスターにならないといけない。つまり、どちらか一方がシステムの電源を落としてしまうと支障が出る可能性があるので、この問題を回避するために、Danteネットワーク用のマスター・クロックとして、Studio Technologies Model 5401Aを導入しています」(システム・プランニングを担当したタックシステムの藤田一哉氏)
Pro Tools | MTRX IIとPro Tools | Sync X。AD/DAコンバーターとして、DirectOut Technologies PRODIGY MCも導入されている
モニター・コントローラーのタックシステム VMC-102 IP
同時に新設された『MA-5』。こちらはコンパクトなイマーシブ・スタジオで、Avid S1が2台導入されている
今年2月に工事が完了し、これから本格的な運用に入るというTBSアクトの新しいMAスタジオ、『MA-4』と『MA-5』。真嶋氏は、イメージしていた以上のスタジオに仕上がり、とても満足していると語ります。
「日本音響エンジニアリングさんやタックシステムさんの協力もあり、音響的にもシステム的にも満足のいくスタジオになりました。内装に関しても、“居心地がいいね”とスタッフからは大変好評ですね。このスタジオが完成したことで、今後イマーシブ・ミックスにもぜひ挑戦していきたいと考えています」(真嶋氏)
「これまで何度かスタジオ設計に携わっていますが、イマーシブ・スタジオの開設に関わったのは今回が初めてで、手探りの部分も多かったのですが、素晴らしいスタジオが完成したのではないかと思います。イマーシブ・コンテンツは、会社を挙げて取り組んでいく大きなプロジェクトだと思っていますので、今後の発展にとても期待しています」(山下氏)
「若いスタッフはイマーシブ・ミックスの経験は無いと思うのですが、このスタジオで自分だけの“何か”を見つけて、新しい音の可能性をクライアントにアピールしてほしいですね。今後ここから素晴らしい作品が生み出されていくのがとても楽しみです」(小田嶋氏)
Dolby Atmosは、Dolby Laboratoriesの登録商標です。Thunderboltは、Intel Corporationまたはその子会社の商標です。Danteは、Audinate Pty. Ltd.の登録商標です。
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